# あじさいやきのうのまこときょうのうそ
あ
紫陽花や
昨日の誠
今日の嘘

種類:その他格言
梅雨の主役・紫陽花には、なぜか「ことわざ」が無い。代わりに正岡子規の句が本質を突く——「紫陽花や 昨日の誠 今日の嘘」。だが、土に正直に応えて色を変えるこの花は、本当に嘘つきなのか。花の科学と人の心の話。
梅雨の季節の主役といえば、紫陽花である。 ところが不思議なことに、この花、ことわざにはほとんど登場しない。
「梅に鶯」「柳に風」と、花や木はことわざの常連なのに、 あれほど身近な紫陽花だけが、なぜか名簿から漏れている。 色がころころ変わる花では、教訓の看板として頼りにならなかったのかもしれない。
その代わり、俳人たちはこの花を放っておかなかった。 なかでも、正岡子規の句として知られる一句が、紫陽花の本質を見事に言い当てている。
紫陽花や 昨日の誠 今日の嘘
昨日あれほど確かだった青が、今日は違う色に染まっている。 昨日の誠(まこと)が、今日は嘘になる—— 移ろいゆく紫陽花に、人の心の頼りなさを重ねた句である。
紫陽花の別名は「七変化」。 子規の目にもやはり、この花は「心変わりの花」と映ったらしい。
では、なぜ紫陽花の色は変わるのか。
鍵を握るのは、土である。
紫陽花の花の色は、土壌の酸性度によって大きく左右される。 酸性の土では、土に含まれるアルミニウムが溶け出しやすくなり、 それを吸い上げた花は、青色素が強められて青く咲く。
一方、アルカリ性寄りの土ではアルミニウムが溶け出しにくいため、 花はピンクや赤みを帯びる。
理科の実験で使うリトマス試験紙は「酸性で赤、アルカリ性で青」だから、 紫陽花はちょうどその逆を行く天邪鬼である。
さらに、開花からの日数や品種によっても色は移ろう。 咲き始めの淡い色、盛りの鮮やかさ、枯れ際の渋い色合い。 一つの花が、一生のうちに何度も衣替えをするのだ。
ここで、子規の句に少しだけ異議を申し立てたい。
紫陽花は本当に「嘘」をついているのだろうか。
土が酸性なら青く咲く。アルカリ性ならピンクに咲く。 つまりこの花は、自分の根を下ろした土に、その都度正直に応えているだけなのだ。
昨日の青も、今日の紫も、どちらも偽りではない。 その日その土での、紛れもない「誠」である。
移り気に見えるものの正体は、 実は正直の積み重ねなのかもしれない。
人の心も、紫陽花に似ている。
置かれた境遇、過ごした時間、隣にいる人。 そうした「土壌」が変われば、心の色合いも少しずつ変わっていく。
高校時代、同じ傘の下で同じ景色を見ていた二人が、 卒業とともに、それぞれ別の土へ根を下ろしていく。 やがて二人の色が違ってきたとしても、 それはどちらかが嘘つきになったからではない。
あの日の青は、あの日の誠。 今日の色は、今日の誠。
昨日の気持ちが変わってしまうことを、私たちはつい「裏切り」と呼びたくなる。 だが紫陽花を見ていると、こう思えてくる。
変わることは、噓をつくことではない。 その時々の土に、正直であり続けることなのだ、と。
咲き始めと枯れ際の色が違うからこそ、紫陽花は美しい。 人の心もまた、変化するからこそ、新しい色に出会える。
イラストは、雨の街角。 咲き誇る紫陽花のそばで、一つの傘に寄り添う二人を描いた。
高校時代を共に過ごした二人は、卒業とともに、 それぞれの未来へ歩き出そうとしている。 この先、二人の色がどう移ろっていくのかは、誰にも分からない。
ただ、今この瞬間、同じ傘の下で同じ雨音を聞いていること—— それだけは、明日がどうなろうと変わらない「今日の誠」である。
子規には叱られるかもしれないが、私はこう詠み替えたい気分だ。
紫陽花や 昨日も誠 今日も誠
紫陽花や 昨日の誠 今日の嘘

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