# おにもじゅうはち
種類:京都かるた
「鬼も十八」——若さを理由に容姿を評する、際どいことわざ。だが、結婚を報告した亡き母は、こう言った。「若い子はみんなかわいく見えるものよ。注意しなさい。」母はすでに、このことわざの本質を見抜いていた。
鬼も十八——この後には「番茶も出花」と続く。
荒々しく恐ろしいはずの鬼でも、 18歳という年頃になれば、誰の目にも魅力的に映る。 番茶のような、ぱっとしないお茶でも、 淹れたてなら、それなりに香りが立つ。
つまり、平たく言えば 「並の器量でも、若いうちは誰でもそれなりに見える」 という意味である。
これ、褒め言葉のようでいて、 現代の感覚では、なかなか際どい。 若さを理由に容姿を評する時点で、 ハラスメントすれすれ、いや、ど真ん中かもしれない。
三年前の自分も、そう指摘したうえで、 それでもこの題材から逃げなかったらしい。 今回は、もう少し正直に向き合ってみる。
このことわざに、あえて手を出したくなった理由がある。
正直に言うと、私自身、実感として分かる部分があるのだ。
女性は、非常に魅力的だ。だが、面倒でもある。 特に、怒らせたときの面倒くささは、格別である。
それなのに、年頃の女性は、 そういう面倒さすら覆い隠すように、 なぜかみんな、可愛らしく見えてしまう。
これは、女性一般についての査定のつもりはない。 あくまで、私という一人の男が、 長年抱えてきた、極めて個人的な実感である。
そして、こんな話がある。
私が、今の妻との結婚を決めたとき、 そのことを、まだ元気だった母に報告した。
母は、こう言った。
「若い子はみんなかわいく見えるものよ。注意しなさい。」
——鬼だね、と思った。
私が長年かけて実感した「鬼も十八」の理屈を、 母は、もっと早くから見抜いていたのである。 息子が浮かれているところに、 冷静な一言を投げてくる母親の眼力は、 下手なことわざより、よほど鋭い。
母は、もういない。 だが、あの一言は、今もよく覚えている。
さて、このことわざを絵にするのは、なかなか難しかった。
まず、鬼を実際に見たことがある人など、いない。 そこに「18歳の妙齢さ」まで足すとなると、 つい、テレビでお馴染みの可愛らしい鬼のキャラクターが 頭をよぎってしまう。
だが、それをそのまま真似るわけにはいかない。 著作権のある、他者のキャラクターだからだ。
そこで、角は残しつつ、 既存のキャラクターとは違う、独自の表現を目指した。
一枚目は、月を背に、鋭い眼光をたたえた、 恐ろしさの残る鬼。 もう一枚は、花を背景に、柔らかい表情をまとった、 角のある可愛らしい娘。
同じ「鬼も十八」という言葉の、両極を描いてみたつもりである。
いやはや、目鼻立ちがはっきりしていて、 確かに美人かもしれない。
だが、町中で出会っても、 声をかける勇気は、たぶん無い。
角が、怖すぎる。
……いや、本当に怖いのは、角のほうではないのかもしれない。 母の忠告を思い出すたび、そう思う。
鬼も十八


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