# つめにひをともす
つ
爪に火をともす

種類:大阪かるた
「爪はタンパク質、簡単には燃えないはず」——辞書の解釈に嚙みついて三年。調べ直すと、真相は貧乏の話だけではなかった。切った爪を火にくべることを忌む、古くからのタブー。証拠を求めた先で、自分の仮説も訂正された記録。
爪に火をともす——極端な倹約、極貧の暮らしを表すことわざである。
三年前、私はこの解釈に嚙みついた。
蠟燭の代わりに、爪に火をともす。 辞書はそう説明するが、爪はタンパク質でできている。 簡単には燃えない。実行すれば大やけどである。
だから私は、こう推理した。 本当は、小さな火で暖を取っていただけで、 遠くから見ると爪に火が灯っているように見えたのだろう、と。
我ながら、悪くない推理だと思っていた。 だが、あらためて調べ直してみると—— 答えは、私の推理よりも、辞書の説明よりも、ずっと面白かった。
このことわざの初出は、なんと1563年の『玉塵抄』まで遡る。 江戸初期の『毛吹草』にも収録されている、由緒正しい古参の言葉だ。
そして、調べて分かった核心はこうだ。
日本には古くから、切った爪を火にくべることを忌む民間信仰があった。 爪は身体の一部であり、それを燃やすのは不吉—— 日常の、ちょっとしたタブーの一つだったのである。
つまり、このことわざが持つ強烈さは、 「貧乏で燃料が買えない」という一点だけではない。
貧乏を理由に、あえて禁忌を犯してまで、 金を惜しんだ、というところにある。
節約のために、世間の常識やタブーすら踏み越える—— その二重の異常さが、この言葉に独特の切迫感を与えている。 爪が燃えるかどうかは、実のところ本題ではなかったのだ。
なお、これとは別に、こんな説もある。
江戸時代、行灯の明かりには、菜種油と、 綿を撚った灯心が使われていた。 油は貴重で高価だったため、 灯心にすらお金をかけたくない者は、 指先に小さな火種を挟んで、それで代用したという。
遠目には、まるで爪に火が灯っているように見えたかもしれない—— これは、三年前の私の推理と、わりと近い発想である。
ただし、こちらは辞書の定説というより、 民間の言い伝えの域を出ない。 タブー説のほうが、辞典の解説としては主流である。
というわけで、今回の検証結果をまとめる。
辞書の説明を鵜呑みにせず、 「爪は燃えないはずだ」と食い下がった、あの姿勢自体は正しかった。 何しろ、爪がタンパク質で出来ていて燃えにくいという事実こそが、 このことわざが最初から誇張表現だったことの、 何よりの証拠だったのだから。
だが、たどり着いた答え(暖を取る火を見間違えた)は、 辞書の説明よりは面白いが、正解でもなかった。
真相は、貧乏の話であると同時に、 タブーを犯すことへの、世間の驚きの話だったのだ。
証拠を求めて突っ込んだ先に、 自分の仮説すら訂正される—— これもまた、なかなか良い経験である。
メインの絵は、寒い冬の夜、毛布をかぶった小さな女の子が、 ろうそくの小さな炎に、一生懸命手を近づけている場面である。
タブー云々の話とは別に、この絵自体は、 「灯心の代わりに小さな火種を灯した」という、 もう一つの説の情景に近い。
貧しさの中で、わずかな灯りを頼りにする姿は、 語源がどちらであっても、変わらず胸に迫るものがある。
なんか、この女の子、かわいそうだなぁ。
三年前も、今も、この気持ちだけは変わらない。
このページも、実は長らくGoogleにインデックスされていなかった一本である。 語源の検証という形で内容を厚くしたので、これを機に、 「貧困」というキーワードを持つイラストたちを、あわせて紹介したい。
爪に火をともす|辞書に嚙みついて、見つけたもの

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