# イラスト:真夏の青空のもと、ヒマワリ畑を散策している若い女性
イラスト:真夏の青空のもと、ヒマワリ畑を散策している若い女性
夏の売れ筋について、この連載では二人の働き者を紹介してきた。 6月に「夏が来ますよ」と告げるハイビスカス。 7月の炎天下に涼を届けるソフトクリーム。
今回は、夏の主力の三本目——ひまわりである。
わが町のひまわりのイラストは、約80点。 ハイビスカス🔗の比ではない大所帯だ。 そして当然のように、多くの絵にはかわいらしい女の子が添えてある。
夏空、黄色い大輪、麦わら帽子の彼女。 夏を描けと言われたら、まずこれを描かずに何を描くのか、 という王道中の王道である。
ただ、私がひまわりを描き続けるのには、 王道だから、という以外に、二つの記憶がある。 一つは壮大で、一つは、母に叱られた話だ。
一つ目の記憶は、北海道・富良野。 家内との旅行で、ひまわり畑を訪れたときのことだ。
畑、という言葉では足りない。 見渡す限りの黄色が、丘の起伏に沿ってどこまでも続き、 その真ん中に立つと、人間のほうが花に囲まれて小さくなる。
圧巻、という言葉はこういう時のためにある。
あの「ひまわりに囲まれる」感覚は、写真では伝わりきらない。 だから私は絵の中で、何度もあの構図を再現している。 ひまわりの群れの中に、女の子がひとり—— あれは富良野で、花に囲まれていた我々夫婦の記憶なのだ。
例によって、絵になるのは若い女性のほうだが、 あの日隣にいたのが誰だったかは、この連載の読者ならもうご存知だろう。
ここで、ひまわりのうんちくを一つ。
ひまわりは漢字で「向日葵」。 太陽を追いかけて顔の向きを変える花、とされている。 花言葉も「憧れ」「あなただけを見つめる」——健気の塊である。
ところが、実際に太陽を追いかけるのは、 成長期の若いひまわりだけなのだ。
茎が伸びる時期のひまわりは、朝は東、夕方は西へと律儀に首を振る。 だが成長しきって花が開くと、追いかけるのをやめて、 だいたい東を向いたまま動かなくなる。
若いうちは憧れを追いかけ、 大人になったら、朝日の方角に落ち着いて動かない。
……どこかで聞いたような人生である。
白状すれば、若い女の子を追いかけていたのも、若いうちだけ。 今は、出会った頃から同じ方角を向いたまま、動かない。
ひまわりの花言葉は「あなただけを見つめる」—— なるほど、あれは追いかけている若い花の言葉ではなく、 咲き終わってからの花言葉なのだ。
太陽は、毎朝同じ方角から昇る。 東を向いたまま動かないのは、追うのをやめたからではない。 昇ってくる場所が、分かったからである。
なお、この「あなただけを見る」には、 当サイトの格言ページに、一枚看板の専用ページがある。 そこで私は、こう書いた。
「私の柄ではありませんが、絵にしやすいので採用しました」
——ここに、謹んで訂正したい。 柄ではないどころか、柄そのものだった。 書いた本人が、花言葉の実演者だったのである。
二つ目の記憶は、ぐっと小さな話になる。
小学生の頃。夏が終わり、秋になると、ひまわりは結実する。 あの大きな顔いっぱいに、種がぎっしり並ぶのだ。
そして——これを食べると、うまい。
香ばしくて、ほのかに甘くて、手が止まらない。 一粒むいては口に運び、また一粒むいては口に運び、 気づけばひまわりの顔に、歯抜けの穴が広がっている。
我が家は比較的裕福で、 あえてひまわりの種を食べる必要など、どこにもなかった。 なかったのだが、必要と美味は別の問題である。 飢えて食べたのではない。うまいから食べたのだ。
母には、ものすごく怒られた。
雨の日の思い出といい、私の少年時代の記憶には、 ところどころに母の雷が落ちている。
だが——ここからが、本日の本題である。
大リーグ中継を見てほしい。 ベンチの選手たちが、試合中に何かをポリポリやっている。 あれはひまわりの種である。 メジャーリーガーの、伝統的なベンチのお供なのだ。
さらに近年、ひまわりの種は ビタミンEやたんぱく質が豊富な健康食として、 ナッツ売り場の一角に堂々と並ぶようになった。
つまり、である。
半世紀前、庭のひまわりをポリポリやって雷を落とされた少年は、 先端の食文化を50年先取りしていたのだ。
母上。 あなたの息子は、食い意地が張っていたのではありません。 時代のほうが、遅かったのです。
……という抗弁を、もう届かない相手に、 ひまわりの絵を描きながら、時々している。
というわけで、わが町の80本のひまわりは、 富良野の圧巻と、庭の種の味と、母の雷から咲いている。
この夏も、彼女たちは麦わら帽子の女の子を連れて、 どこかの紙面やバナーへ出勤していくだろう。
一つだけ、実物と違うところがある。
絵の中のひまわりは、結実しない。
秋が来ても種は実らず、歯抜けの穴も開かず、 永遠に夏のまま、東を向いて咲き続ける。 ——昇ってくる場所の分かった花は、みんなあの顔をしている。
つまり、誰にもつまみ食いされる心配がなく、 誰も、母親に叱られなくて済む。
安心して、連れて帰っていただきたい。
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