# イラスト:昭和のかおりが漂う町並みの立ち飲み屋
イラスト:昭和のかおりが漂う町並みの立ち飲み屋
わが町の台帳には、派手ではないが、妙に枯れないシリーズがある。
「昭和のかおりが漂う町並み」——全36点。
木造の店構え、商店街、路地裏、赤ちょうちん。 人物はほとんど登場しない、静かな風景画である。
声を掛けたい彼女もいなければ、ソフトクリームの涼もない。 私の売れ筋理論で採点すれば、落第すれすれの静けさだ。
ところが、このシリーズ、それなりに売れ続けている。 2023年から現在まで、コンスタントに19件。
なぜ、静かな絵が売れるのか。 台帳の19行を眺めていたら、面白いことが4つ見えてきた。
まず、販売月を並べてみた。 2月、4月、5月、6月、9月、10月、12月、1月——
見事に、バラバラである。
ハイビスカス🔗は6月、傘は梅雨🔗、ソフトクリーム🔗は7月と、 わが町の売れ筋は季節労働者ぞろいだった。 その中で昭和の町並みは、珍しい通年営業なのだ。
考えてみれば当然で、「懐かしさ」には旬がない。 回顧特集は一年中組まれ、レトロな企画は季節を選ばない。
夏が来なくても、雨が降らなくても、 人はいつでも、少しだけ昔に帰りたいのである。
次に、購入時刻を見て、目を疑った。
18時22分と18時26分。16時21分と16時23分。 17時11分と17時12分。 ある日などは、15時39分、15時54分、15時55分の3連発である。
19件中11件が、数分以内の連続購入。
つまり、昭和レトロの買い手は、一枚では帰らない。 店構えを買った人は、路地裏も欲しくなり、商店街の全景も欲しくなる。
理由は想像がつく。 特集記事やパンフレットで「昭和の世界」を組むには、 一枚では足りない。町ごと必要なのだ。
若い女性のイラストは、一人ずつ嫁いでいく。 だが町並みは、区画ごと買われていく。
不動産と同じである。 家は一軒ずつ売れるが、再開発は街区単位、というわけだ。
三つ目の発見が、いちばん不思議だった。
年別に数えてみる。 2023年は1件。2024年は3件。 2025年は——12件。 そして2026年は、1月と2月だけで、すでに3件。
普通、ストックイラストは公開直後が山で、あとは枯れていく。 ところがこのシリーズは、年を追うごとに加速しているのだ。
心当たりが、一つある。
2025年は、昭和100年だった。
昭和元年が1926年。あの時代は、生誕百年を迎えたのである。 メディアの昭和特集、レトロブームの再燃—— 時代の記念日に向かって、この絵たちは静かに需要を蓄えていた。
古びるのではなく、熟成する。 描いた本人も知らぬ間に、ワインのような売れ方をしていたのだ。
最後の発見は、細かいが確かな話である。
19件すべて、購入時刻が午前10時台から午後6時台に収まっている。 深夜も早朝も、一件もない。
つまり買い手は、趣味で集める個人ではなく、 勤務中のデザイナーや編集者——仕事の手である。
昭和の町並みは、誰かの郷愁であると同時に、 誰かの納期でもあるらしい。 赤ちょうちんが、平日の昼間にオフィスで検討されている光景を思うと、 少しおかしくて、少し誇らしい。
ここまでは台帳の話。ここからは、記憶の話である。
このシリーズの絵は、資料写真から起こしたものではない。 若い頃に通った飲み屋と商店街への、ノスタルジーから描いたものだ。
たとえば「昭和のかおりが漂う町並みの立ち飲み屋」。 大きな木の陰、瓦屋根の小さな店、 丸椅子に腰掛けて、昼間から一杯やっている客たち。
——そう、昼間からである。
若い頃、休みの日には、ああいう店で昼飲みをしていたのだ。 木漏れ日の下、特に用もなく、誰かと、あるいは一人で。 あの時間の記憶が、半世紀を経て、絵になった。
そして、お気づきだろうか。 あの絵の客は、全員後ろ姿である。
この連載の読者ならご存知の通り、 わがギャラリーで後ろ姿は「視点」——つまり、私だ。 丸椅子の背中のどれか一つは、若き日の私が座っている。
買い手の知らないところで、 私はこっそり、自分の休日を売っていたのである。
このシリーズを、これ以上増やす予定はない。 36点で、私の中の昭和の町は、完成している。
考えてみれば、それも昭和らしい。 あの時代は、もう一日も増えない。 昭和は64年で打ち止めのまま、ただ遠ざかっていくだけだ。
それなのに——いや、それだからこそ、訪ねる人が年々増える。
増えない町に、増える客。 懐かしさというのは、時間が経つほど在庫価値の上がる、 ストックイラスト界でただ一つの商品なのかもしれない。
36点の保存地区は、今日も静かに営業中である。 赤ちょうちんに灯を入れて、 丸椅子を一つ、空けたまま。
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